大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)616号・昭40年(ネ)1437号 判決
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〔判決理由〕控訴人は手形不渡りの場合、割引人たる所持人が買戻請求権を行使するためには、その手形の支払呈示期間内に支払場所に適法に呈示したことを要する旨主張し、本件手形を被控訴金庫が支払のため呈示したのは、支払呈示期間後であること前認定の事実に徴し自ら明らかなところであるが、前記手形取引約定書第一ないし三条に照らして明らかな如く、手形要件の不備による手形上の権利不成立の場合、手形上の権利の時効による消滅、手形紛失の場合においてさえ、買戻請求が認められるのであり、また右約定書第三条は支払延期をしたときでも買戻請求を許す約旨とみることができるのであつて、かような諸点から考えるとき右第三条に手形不渡りの場合は買戻請求を認める旨規定しているのは、手形の支払呈示期間に適法な手形の呈示があつた場合に限らず、支払呈示期間経過後において、手形の呈示があつたときでも、その支払を拒絶されたときは買戻請求ができることを定めた趣旨であると解すべきである。ただ割引手形に複数の裏書人があるとき、支払呈示期間内に呈示がなくても買戻請求ができるとすれば、これに応じた割引依頼人が、前者たる裏書人に対する償還請求権を失うことになるため、多少問題視せられるかのような観がないではないが、前記約定書第三条に照して明らかなように、「拒絶証書の作成その他法律上の手続を省略しても、買戻請求権の行使に異議がない」旨を控訴人に約諾しているのであり、拒絶証書の作成もその免除がない限り、支払呈示期間内における手形の呈示と同様裏書人に対する遡及の要件であつてみれば、いわゆる権利保全手続がふまれていないため、償還請求権が失われていても、買戻請求による支払義務に影響がないことを約諾した趣旨とみるべきであることはいうまでもない。当裁判所に顕著な事実なる商慣習においても手形不渡りの場合における買戻請求には手形法上の遡及に必要な厳格な手続をふむ必要はないとせられておるのであり、それどころか、手形の主たる債務者の信用が悪化した場合には手形法上の満期前遡及の要件(振出人の破産、支払停止、強制執行の不奏効に限定されている)が具備されているかどうかにかかわらず買戻請求が許され、また数通の割引手形のうち一通が不渡りになつて、割引依頼人に信用がない場合、その他割引依頼人の信用が悪化した場合には当該割引依頼人が割引を受けた手形全部につき、支払期前であるかどうかにかかわらず買戻請求ができれるものとされているのである。さらに前記の如く(手形取引約定書第一条、第二条)手形に法律的欠陥がある場合および手形喪失の場合の買戻請求は事実たる商慣習もまたこれを認めるところである。このことは、手形の買戻請求は、支払呈示期間内に手形の呈示があつたかどうか、遡及権行使の要件が具備されているかどうか、あるいは手形上の権利の行使ができるかどうかということとは無関係であることを物語るものであるとともに、元来手形の買戻請求は割引依頼人の信用を重視し、これが悪化したときに、手形上の権利行使の方法によらずして、手形外で、割引人が割引依頼人より、簡易かつ有利に割引対価の回収をはかることを目的として、右両者間の特約ないしは事実たる商慣習によつて生れた制度であることよりすれば、けだし当然であるといわなければならない。したがつてまた買戻請求をするためには、遡及権行使に必要な権利保全手続をふむ必要のないことはいうまでもないが、そのことと割引依頼人が買戻請求に応じた結果返還される手形が、前者の裏書人に遡及できない不完全なものであることにつき、割引人に責任がないか、どうかということとは、別個の問題である。これは、あたかも手形所持人の裏書人に対する遡及の通知は遡及権行使の要件とされていないのにかかわらず、これを怠るときは所持人に損害賠償責任が生ずるものとされているのと同然である。思うに、手形外における当事者の約定ないしは前記慣習によつて、手形の権利保全手続をふむことなく手形の買戻請求をすることが認められるからといつて、そのことから当然に手形の買戻請求によつて手形の返還を受けた割引依頼人が、前者たる裏書人に対する遡及権を失うことを甘受しなければならないものは解し難い。けだし割引人が割引依頼人より割引によつて取得した手形に、前者たる裏書人があるときは、その手形の支払呈示期間に適法に手形を呈示し、かつ拒絶証書を(その免除がない限り)作成する等いわゆる権利保全手続を講ずべき義務あることは、手形取引における信義則に照し、当然であるというべく、このことは手形債権を差押えた場合執行吏が、また取立命令を得た場合差押債権者が、いずれも手形の保管者ないしは所持人として権利保全手続をなすべきものとされているのと同様である。したがつて、もし割引人がこれを怠るときは割引依頼人に対し、前者に対する償還請求権を喪失せしめたことによる損害賠償責任を負うものと解するのが相当である。手形取引のさい前記の如く割引依頼人が権利保全手続をふまずに手形の買戻請求をなしうることにつき異議なく、これを承認しているからといつて、たやすく損害賠償責任について免責の約定があつたものと推認するのは疑問であり、むしろこれを否定するのが相当であると考えられる。けだし、前者たる裏書人に無資力その他の事情があり、同人より償還を受けることが期待できないような場合において、個々的に免責を約するは格別、約款的な手形取引約定書により一律的に免責を得しめることは、たとえ約定書の記載が明白な免責の表現形式をとつていても、義務違背が故意、重過失にもとづく場合における免責の約定が、原則として無効である点からも、また割引人、とくに銀行が取引上優位の地位に立ち、割引依頼人はこれに応ぜざるをえない立場にある点からしても、軽々しく右約定の効力を是認することはできないものといわなければならないからである。(金田宇佐夫 日高敏夫 中島一郎)